①企業概要:「売上3割の部門が全体の8割の利益を生む」異色の収益構造
企業概要では、会社の基本情報や事業内容、収益構造などの全体像を把握することができます。投資判断の第一歩として、どのような会社なのかを理解することが重要です。
A. 会社プロフィール
- 基本情報
- 社名:株式会社IHI
- 証券コード:7013(東証プライム)
- 本社:東京都江東区豊洲
- 代表者:代表取締役社長 井手 博
B. 事業ポートフォリオ(2024年度第2四半期実績ベース)
- 成長事業(航空・宇宙・防衛)
- 主力製品:
- 民間航空エンジン(V2500、GEnx、PW1100G-JM等)
- 防衛装備品、ロケットシステム
- 売上収益構成比:33%
- 営業利益:766億円(2024年度上期)
- 特徴:今後の需要拡大に向けて重点投資を実施中
- 主力製品:
【説明】 売上収益構成比は、その事業が会社全体の売上に占める割合を示します。営業利益は、その事業での本業による儲けを表しています。
- 中核事業①(資源・エネルギー・環境)
- 主力製品:
- 原動機(陸用・舶用)
- カーボンソリューション
- 原子力機器
- 売上収益構成比:28%
- 営業利益:78億円(2024年度上期)
- 主力製品:
【説明】 中核事業とは、会社の基幹となる事業を指します。収益の安定性や将来性を判断する上で、中核事業の強さを評価することが重要です。
- 中核事業②(産業システム・汎用機械)
- 主力製品:
- 車両過給機
- 回転機械
- 熱・表面処理
- 売上収益構成比:30%
- 営業利益:▲10億円(2024年度上期)
- 注記:事業ポートフォリオ改革の一環として運搬機械事業の譲渡を決定
- 主力製品:
【説明】 ▲マークはマイナスを意味します。この事業は現在赤字であることを示しています。事業の譲渡は、収益改善のための経営判断の一つです。
- 中核事業③(社会基盤)
- 主力製品:
- 橋梁・水門
- 交通システム
- 都市開発
- 売上収益構成比:9%
- 営業利益:▲30億円(2024年度上期)
- 主力製品:
C. 事業展開の特徴
- グローバル展開
- 海外売上収益比率:60%
- 地域別売上構成(2024年度第2四半期):
- アジア:19%
- 日本:40%
- 北米:28%
- 中国:6%
- 欧州他:7%
【説明】 海外売上収益比率が高い企業は、グローバルな経済動向や為替の変動の影響を受けやすい特徴があります。一方で、地域分散により特定の市場のリスクを軽減できるメリットもあります。
- 収益構造の特徴
- 成長事業である航空・宇宙・防衛分野が収益の中心
- 中核事業におけるライフサイクルビジネスによる安定収益
- グローバルな事業展開による地域分散
【説明】 ライフサイクルビジネスとは、製品の販売だけでなく、保守・メンテナンスなども含めた継続的なサービス提供を行うビジネスモデルです。安定的な収益が期待できる特徴があります。
- 経営戦略のポイント
- 「グループ経営方針2023」に基づく事業ポートフォリオ改革の推進
- 成長事業と育成事業への経営資源の重点シフト
- 中核事業における収益基盤の強化
【説明】
事業ポートフォリオ改革とは、企業が持つ事業の組み合わせを見直し、より収益性の高い構成に変更することを指します。成長が期待できる分野に経営資源(ヒト・モノ・カネ)を集中投資することで、企業価値の向上を目指します。
②業績ハイライト:「2,554%増」の驚異的回復の裏に隠された「構造改革」
業績ハイライトは、企業の経営状態を数字で表したものです。今回の決算は2024年度第2四半期(2024年4月から9月までの半年間)の実績を示しています。企業は3ヶ月ごとに決算発表を行い、第2四半期は上半期の集計となります。
【補足説明】
数値を見る際の基本用語:
・「増収」は売上が増加、「減収」は売上が減少したことを指します
・「増益」は利益が増加、「減益」は利益が減少したことを表します
・「黒字」は利益が出ている状態、「赤字(▲マークで表示)」は損失が出ている状態です
・「前年同期比」は、前年の同じ期間と比較した増減率を示します
A. 収益力の劇的回復
売上収益: 7,574億円(前年同期比 +61.1%)
- 民間航空エンジンにおいて、V2500、GEnxを中心に販売が増加
- アジア拠点における大型発電所プロジェクトの工事進捗
- 為替円安効果も追い風
【説明】
売上収益は企業の稼ぎの総額を表します。61.1%という大幅な増加は、事業が大きく回復していることを示しています。為替円安効果とは、円の価値が下がることで海外での売上が円換算で増加する効果のことです。これは輸出企業にとってプラスに働きます。
営業利益: 772億円(前年同期は▲1,570億円)
- 前年同期のPW1100G-JM関連損失からの回復
- 民間向け航空エンジンのスペアパーツ販売増加
- 第2四半期として過去最高益を達成
【説明】
営業利益は企業の本業での儲けを表す重要な指標です。前年の大きな損失(▲1,570億円)から772億円の黒字へと劇的に回復しており、事業の収益力が大きく改善したことを示しています。特に「過去最高益」という表現は、会社設立以来の最高記録を更新したことを意味し、現在の業績が非常に好調であることを示しています。
EBITDA: 1,123億円(前年同期比 +2,349億円)
- EBITDAの大幅な伸び
- 工事代金の回収が順調に進捗
【説明】
EBITDA(イービットディーエー)は、企業の実質的な収益力を示す指標です。減価償却費などの非現金支出を除外して計算するため、純粋な事業の稼ぐ力を評価することができます。前年より2,349億円増加したことは、事業の基礎体力が強化されたことを意味します。また、工事代金の回収が順調というのは、健全な資金繰りの証となります。
B. セグメント別の実態分析
セグメント別分析とは、企業の事業を部門ごとに分けて、それぞれの業績を詳しく見ていくことです。どの事業が好調で、どの事業に課題があるのかを理解する上で重要です。また、将来の成長が期待できる分野や、リスクのある分野を見極める手がかりにもなります。
航空・宇宙・防衛
- 売上収益: 2,476億円(前年同期比 +2,554.3%)
- 営業利益: 766億円
分析: - 民間向け航空エンジンのスペアパーツ販売が大幅増加
- 整備期間の長期化に伴う整備費用の発生遅れによる増益効果
- 防衛事業関連の部品が大きく増加
【説明】
このセグメントは現在のIHIの主力事業です。2,554.3%という極めて大きな増加率は、前年に特殊な損失を計上した反動によるものです。スペアパーツ販売は、新品の製品販売よりも利益率が高いビジネスで、収益に大きく貢献します。また、防衛事業の増加は、国の防衛予算増額という追い風を受けています。この分野は今後も成長が期待される事業として注目されています。
資源・エネルギー・環境
- 売上収益: 2,100億円(前年同期比 +11.8%)
- 営業利益: 78億円
分析: - 原動機とアジア拠点EPCで増収
- カーボンソリューションで減収
- 碧南火力発電所での燃料アンモニア大規模転換実証試験が良好に終了
【説明】
この事業は環境・エネルギー分野の中核事業です。EPCとは、Engineering(設計)、Procurement(調達)、Construction(建設)の略で、大規模プロジェクトを一括で請け負う事業形態です。カーボンソリューションの減収はあるものの、全体としては増収増益を達成。特に燃料アンモニアの実証試験成功は、脱炭素社会に向けた新技術として将来の収益源となる可能性があります。
産業システム・汎用機械
- 売上収益: 2,273億円(前年同期比 +6.4%)
- 営業利益: ▲10億円
分析: - 車両過給機で事業構造改革費用を計上
- 販売価格交渉の進捗遅れが継続
- 欧州での事業構造改革を実施(ドイツ拠点の機能をイタリアへ集約)
【説明】
この事業セグメントは、現在大きな転換期にあります。売上は増加(増収)していますが、事業再編のための一時的な費用計上により赤字(営業利益▲10億円)となっています。特に自動車部品である車両過給機事業では、世界的な電気自動車(EV)シフトへの対応として欧州拠点の再編を進めています。このような構造改革は、短期的には費用が掛かりますが、長期的な競争力強化のために必要な投資と考えられています。
社会基盤
- 売上収益: 671億円(前年同期比 ▲6.1%)
- 営業利益: ▲30億円
分析: - 橋梁・水門や交通システムで減収
- 交通システムの海外大型工事での前期採算改善の反動
- 受注面では橋梁・水門、シールドシステムを中心に増加
【説明】
社会インフラを担当するこの事業セグメントは、一時的な減収減益となっています。ただし、新規受注(将来の売上につながる受注済み案件)は増加傾向にあります。インフラ事業は、工事の進捗により業績が大きく変動する特徴があり、単四半期の業績だけでなく、受注残高(未完成の工事案件の総額)や中長期的な展望も含めて評価することが重要です。
まとめ
セグメント全体を見ると、主力の航空・宇宙・防衛事業が大きく回復し、全社の業績を牽引していることがわかります。一部事業では構造改革に伴う一時的な費用計上や、市況の影響による減収がありますが、これらは将来の成長に向けた投資や一時的な影響と捉えることができます。投資判断においては、このような各事業の状況と今後の展望を総合的に評価することが重要です。
③財務体質の分析:「自己資本比率19.3%」でも過去最高益を生む「独自の資金運用」
財務体質は企業の財務面での健全性を表します。借入金の返済能力や資金の運用状況から、企業の経営の安定度を判断できます。財務が健全な企業は、景気の悪化や予期せぬ事態にも強いとされます。
A. バランスシートの健全化
【説明】
バランスシートは企業の財政状態を示す表です。借金(負債)と資産のバランス、自己資金(資本)の充実度から、企業の財務の健全性を確認することができます。
D/Eレシオ: 1.36(前年度末比▲0.07pts)
- 収益力回復による自己資本増強
- 財務レバレッジの適正化進展
- 更なる改善余地は存在
【説明】
D/Eレシオは、借入金などの負債が自己資本の何倍あるかを示す指標です。例えば1.36倍は、自己資本100に対して負債が136あることを意味します。この数値が小さいほど、財務基盤が安定していると判断されます。
自己資本比率: 19.3%(前期末比 +1.4pts)
- 純利益蓄積による自己資本充実
- 20%水準への到達が視野に
- 産業平均との格差は依然として存在
【説明】
自己資本比率は、会社の総資産のうち、どれだけが株主の資金(自己資本)で賄われているかを示す割合です。この比率が高いほど、借入金への依存度が低く、経営が安定していると判断されます。
B. キャッシュフローの動向
キャッシュフローとは、実際のお金の出入りを表すものです。企業の実力を判断する上で、利益の金額だけでなく、実際の現金の流れを確認することが重要です。
営業CF: ▲74億円
- EBITDAの大幅な伸長
- 工事代金回収は順調に進捗
- 航空・宇宙・防衛セグメントを中心とした棚卸資産増加
- 下期での運転資本圧縮を通じた改善を目指す
【説明】
営業CFは、本業での現金の出入りを表します。EBITDAは利払い・税引き・償却前の利益のことで、企業の実質的な収益力を示します。運転資本は日々の事業活動に必要な資金のことで、在庫や売掛金などが含まれます。現在はマイナスですが、在庫の削減などにより改善を目指しています。
投資CF: ▲252億円
- 成長分野への積極投資継続
- 設備投資の選別的実施
- 政策保有株式の売却による改善見込み
【説明】
投資CFは、設備投資などの将来に向けた投資による現金の出入りを表します。マイナスは積極的に投資を行っている状態を示します。政策保有株式とは、取引先との関係維持のために保有している株式のことで、これを売却して資金を回収する予定です。
財務CF: ▲146億円
- 配当金支払いの実施
- 有利子負債の適正化
- 資金流動性は十分な水準を確保
【説明】
財務CFは、借入金や株主への配当など資金調達や返済に関する現金の出入りを表します。有利子負債とは金利の支払いが必要な借入金のことです。資金流動性とは、すぐに使える現金やその同等物のことで、十分な水準があれば支払いに問題はないことを意味します。
【説明】
3つのキャッシュフロー(営業CF、投資CF、財務CF)の合計が、企業の現金の増減を表します。理想的なのは、本業(営業CF)で得た資金を、将来への投資(投資CF)や株主還元(財務CF)に回すという形です。現在は一時的に営業CFがマイナスとなっていますが、在庫の削減などにより改善を目指しています。
④戦略の転換点:IHIが描く「重工業メーカーの大転換」の全容
企業の戦略転換とは、将来の成長に向けて事業の方向性を大きく変更することです。成長が期待できる分野に「経営資源」(ヒト・モノ・カネ・情報)を集中させることで、企業価値の向上を目指します。
A. 事業ポートフォリオ改革
【説明】
事業ポートフォリオ改革とは、企業が持つ複数の事業の組み合わせを見直し、全体の収益性を高めることです。具体的には、収益性の低い事業を売却し、その資金を成長が期待できる事業に振り向けることで、企業全体の価値向上を図ります。
中核事業における戦略的再編
- 汎用ボイラ事業のタクマへの譲渡決定(2025年4月1日予定)
- 運搬機械事業のタダノへの譲渡計画(2025年7月予定)
- 競争力強化と持続的成長を企図した戦略的判断
- 譲渡により創出される経営資源を成長分野・育成分野へ重点配分
【説明】
事業の譲渡(売却)により得られる「経営資源」は以下の4つです:
- ヒト:その事業に携わっていた人材
- モノ:設備や特許などの技術
- カネ:売却で得られる資金
- 情報:事業で蓄積したノウハウ
これらを、より成長が期待できる分野に投資することで、会社全体の成長力を高めることを目指しています。
重点分野の強化
成長事業(航空エンジン・ロケット分野)
- 航空機需要拡大に向けた生産能力の増強
- 防衛・宇宙事業における技術開発と体制強化
- 小型~大型クラスのベストセラーエンジン事業の拡大
【説明】
成長事業とは、市場の拡大が見込まれ、高い収益が期待できる事業を指します。特に航空エンジン事業では、以下の特徴があります:
- エンジン本体の販売に加え、その後の部品交換や整備(スペアパーツビジネス)で安定した収益が得られる
- スペアパーツは本体販売より利益率が高い
- 航空需要の回復により、今後の成長が期待できる
育成事業(クリーンエネルギー分野)
- 燃料アンモニアのバリューチェーン構築推進
- 碧南火力発電所での実証試験(熱量比20%)完了
- 高比率燃焼技術の確立と100%燃焼バーナの開発
【説明】
育成事業とは、将来の成長が期待できる新しい分野の事業を指します。
- バリューチェーンとは、原料調達から製造、販売までの一連の流れのこと
- 実証試験とは、新技術が実際に使えるか確認する大規模な試験のこと
- 熱量比20%とは、通常の燃料の20%をアンモニアで代替できることを示す
- バーナとは燃料を燃焼させる装置で、100%燃焼は全てアンモニアで代替できる技術を指す
B. 業績見通しと株主還元
業績見通しは、企業が予想する将来の業績のことです。通期(1年間の会計期間全体)の予想を示しており、IHIの場合、4月から翌年3月までが1会計年度となります。株主還元は、企業が株主に利益を還元することで、主に配当金の支払いの形で行われます。
通期見通しの上方修正
- 営業利益: 1,450億円(前回予想比 +350億円)
- 民間向け航空エンジンの収益改善要因
- 採算の厳しい機種のエンジン本体台数減少
- スペアパーツ販売の増加
- 整備費用の発生時期の後ろ倒し
【説明】
上方修正とは、以前の予想よりも業績見通しを良い方向に修正することです。今回の主な理由は:
- 採算が悪いエンジンの生産が減ることで、損失が減少
- 利益率の高いスペアパーツ(交換部品)の販売が増加
- 整備費用の支払い時期が来年度以降にずれ込む(後ろ倒し)
これらにより、予想以上の利益が見込めるようになりました。
株主還元の強化
- 年間配当: 120円(中間50円、期末70円)
- 期末配当を20円増配
【説明】
配当金は、企業が株主に支払う利益の分配金です。
- 中間配当:会計年度の半ば(9月)に支払われる配当
- 期末配当:会計年度末(3月)に支払われる配当
- 年間配当:中間配当と期末配当の合計額
- 増配:1株当たりの配当金を増やすこと(今回は期末配当を50円から70円に増額)
分析:
- 事業ポートフォリオの最適化による経営資源の効率的配分
- 成長事業・育成事業への集中投資による持続的成長の追求
- 収益力の改善を背景とした積極的な株主還元姿勢
【説明】
この企業の戦略は以下の3段階で進められています:
- 収益性の低い事業を売却し、経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を作り出す
- その経営資源を、将来性の高い航空エンジンやクリーンエネルギーなどの分野に投資
- 事業が成長して得られた利益を、配当という形で株主に還元
持続的成長とは、一時的な業績の改善ではなく、長期にわたって安定的に成長を続けられる状態を指します。この企業は、以下の方法で持続的成長を目指しています:
- 成長が期待できる分野に集中投資
- 安定的な収益が得られるスペアパーツビジネスの拡大
- 将来の環境変化に備えたクリーンエネルギー分野への投資
投資家にとっては、このような明確な成長戦略と株主還元の強化は、長期的な投資判断の重要な材料となります。